歴史資料/書跡・典籍/古文書 文書・書籍 / 南北朝
鳴海東西庄(現名古屋市緑区鳴海町近辺)を、醍醐寺三宝院門跡領として保証した文書。北朝の後光厳天皇の意向(天気)を受けて、左中将の藤原隆家が作成したもので、「東西庄」名の現れる最も早い文書である。用紙は、使用済みの故紙を漉き返した再生紙で、宿紙(薄墨紙)とよばれるものである。
後光厳天皇宸翰書状〈文和三年十二月十四日/〉
後光厳天皇
紙本墨書後光厳天皇宸翰御消息(何条事候哉云々)
広義門院所領処分状
光厳上皇筆 広義門院袖書