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黄瀬川陣
Camp at Kisegawa
1940/41年
紙本彩色・屏風(6曲1双) 各167.7×374.0cm
平治の乱後、伊豆に流されていた源頼朝は、1180年兵を挙げて鎌倉に拠った。同年10月、平家の大軍が東進、頼朝はこれを迎え撃つべく東海道黄瀬川宿に陣をとった。おりから、奥州にあった弟義経は腹心を従えて馳せ参じ、兄弟は20年ぶりに再会し苦しかった往時をしのび、ひとしきり懐旧の涙にくれ、ともに源氏再輿を誓い合った。この作品は『吾妻鏡』に記述されたその場面を描いたものである。まず左隻に奥州からたどりついた義経を描き、《義経参着》と題して紀元2600年奉祝美術展に、翌年右隻に義経を迎える頼朝を描き、一双そろえて《黄瀬川陣》と題を改め、第28回院展に出品した。義経の顔は藤原時代の毘沙門天像から、壮麗華美な装束は『義経記』による。一方の頼朝の顔は神護寺の頼朝像によっている。従来の表面的解釈による歴史の説明だけに終わらず、さらに踏みこんだ考証がなされるとともに、頼朝と義経の二人だけを静と動で対照させて描いた簡潔な構図が新鮮である。華麗な線と色彩を施した密度の高い、清澄な画面は、新古典主義の歴史画の秀作といえる。