APPENDIX-5(1)
付属資料5 京都における建築史・庭園史の概要

(1)神社本殿建築の形式
 神社の起源は原始時代まで遡る。広くアジアに存する多神教の自然信仰が当時から日本にも存在しており、そのよりどころとして、石を集めた磐境とよばれるものや、山などの聖域を拝していたが、建築的施設はなかったと考えられている。
 神殿建築の実在が資料的に裏づけられるのは大陸文化の移入した7世紀以降である。神社本殿の形式は、草葺など自然素材の切妻屋根が基本であり、出雲大社に見られる妻入りの大社造、伊勢神宮に見られる平入りの神明造がその典型である。また、場所は聖域と考えられた山や川など自然地形に沿って選定され、社殿の配置も特に定まったものはなかった。
 8世紀後半には、仏寺建築の影響から、前面に方柱の庇を設け、屋根に反りをつけるなど、妻入りの春日造平入りの流造へと変化してきた。これらは、その後の神社本殿の一般的形式となっている。特に、今回の推薦対象である賀茂別雷神社、賀茂御祖神社の本殿を典型とする流造は全国的に数多くの例が見られる。
 その後、神社の境内構成のうえでも、聖域を回廊で囲み、楼門を建てるなど、さらに仏寺的要素がとりこまれていった。
 このような本殿形式をはじめ、拝殿、楼門、回廊など神社建築の構成要素は、すべて古代に揃い、基本的完成をみた。格式の高い神社での、社殿建築の特徴は、古代に成立した古典様式を継承することにあり、中世以降はいくつかの特殊な形式の出現はあったものの、この古典様式に則って全国各地に大小さまざまな社殿が建てられていった。
 また、損傷や復興等による造替や一定期間ごとに社殿を建て替える式年造替 という慣習に従った造替の際にも、伝統的な古典様式を忠実に受け継いでおり、その結果、本殿建築の実年代が新しいにもかかわらず古制が保たれている。

JAPAN/KYOTO


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