| b) 内容説明及び目録 | B 賀茂御祖神社(通称:下鴨神社) 8世紀中頃に賀茂別雷神社から分立したとされる賀茂御祖神社も、平安京造営にあたり、賀茂別雷神社とともに国家鎮護の社となり、11世紀初頭には現在に近い姿に整えられた。 損傷した時を造替の機会としていた賀茂別雷神社と異なり、1036年から1322年までほぼ20年毎に式年造替がくり返されていたが、戦乱等により遅滞するようになり、その後、1629年に再興され、平安時代の状況が再現された。 再興後は、17世紀1回、18世紀3回、19世紀3回の本殿造替が行われてきたが、1863年を最後に造替は行われなくなった。近代には、東西本殿の半解体修理(1913)、屋根葺替修理(1973)が実施され、その他の社殿についても半解体修理、屋根葺替修理が行われている。 国宝の東本殿【B1】、西本殿【B2】は1863年造替のものであり、賀茂別雷神社の本殿、権殿と同様、流造本殿の代表例である。 国宝2棟の他、1629年再興時の27棟及び1863年造替時の4棟の計31棟の建造物が重要文化財に指定されている。 なお、賀茂御祖神社は鴨川と高野川の合流点に位置し、境内は糺の森という大きな森に包まれている。 賀茂別雷神社及び賀茂御祖神社は、京都三大祭のひとつである葵祭をはじめとするさまざまな神事、祭事の舞台として、親しまれている。 |