工場に於ける愛の日課

絵画 油彩画

  • 住谷磐根  (1902-1997)
  • スミヤ、イワネ
  • 大正12年 / 1923
  • 油彩・キャンバス・額・1面
  • 65.3×53.2
  • 10回二科展 竹之台陳列館 1923

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工場に於ける愛の日課
Daily Task of Love in a Factory
1923年
油彩・麻布 65.3×53.2㎝
住谷磐根が画家を志して上京したのが1921年頃、そうして、2年後の23年にはこの作品(ほか1点)で第10回二科展に入選、だが村山知義ら「マヴォ」グループによる反二科の野外展計画に共鳴した彼は、二科展開幕の日にみずから入選作2点を撒去している。帝展に対する在野の第一勢力たる二科と、第三の「新興美術」勢との抗争に身を投じたかたちであるが、それにしても、絵を描きはじめてわずか2年ほどの青年の作品が二科展に入選したことをも含めて、規範もなければ、垣根らしい垣根も壊れた、当時の美術界の動静が透けて見えるようなエピソードである。
この年の9月に関東大震災が起こっており、大杉栄の虐殺など一連の事件が起こったのも同じ年である。破局の兆候や予感は美術界だけのものではなかったし、たとえばこの作品をみても、それは何よりも画家の心のうちの問題だったようである。同じ年に神田文房堂で開かれた村山知義の個展をみて、「その鋭さ、奇怪な叫びに私の血が滾(たぎ)る思いであった」という住谷は、とある空地に建つ廃屋となった焼き物工場に足を踏み入れたときの印象をもとにこの作品を描いたという。立体派的とも、村山が評したように「表現派風」とも呼びうる画面であるが、重苦しい陰惨な色調、画面右上に現れる画家の分身とおぼしき人影、そして彼が覗きこむ格好の、底の知れない壷なと、一種精神病理学的な奥行きすら感じさせる表現となっている。

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