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兀庵普寧は無準【ぶじゆん】師範の法嗣で、天童山第一座となり、文応元年(景定元年、一二六〇)来朝し、北条時頼に請じられて建長寺第二世を嗣席し、文永二年(一二六五)帰宋した。この墨蹟は普寧帰宋後、悟空敬念・空生蔵主にあてた礼状で、日本滞留六年の厚誼を悦び、平戸まで送り来たったことを謝し、あわせて九月十五日に天童山に安着したことを報じている。日付の仏成道日は文永三年(咸淳二年)十二月八日に当たる。本幅は彼我禅林交渉史上にその価値が高い。
兀庵普寧墨蹟〈大慧宗杲答呂舎人法語/〉
徳敷墨蹟〈尺牘/円爾宛〉
平石如砥墨蹟〈与竺芳祖裔偈/至正九祀己丑秋〉