野々村仁清に陶法を習った尾形乾山(一六六三-一七四三)は、元禄十二年(一六九九)京都の鳴滝に窯を築いて作陶生活に入り、銹絵・染付・色絵などの技法や意匠に創意を凝らした作品を創出した。また兄光琳(一六五八-一七一六)との合作陶(光琳画 乾山作)も創出し多彩な陶芸活動を行い独創的な作品を焼造した。
四方撫角の蓋物は、角皿などとともに乾山が初めて陶器に用いた形であり乾山陶を代表する器形である。蓋物は数例知られているが金銀藍絵松樹文蓋物(重要文化財 出光美術館蔵)と本作品が傑出した作である。
本作品は、手捏ねによる器形に、表には叢薄を大胆奔放に、内には白化粧地に花入四方襷文を肉太の筆致で描き大胆な構成をなしている。野趣ある器形と、白泥・マンガン呉須に金彩を施した装飾性豊かで筆意溢れた闊達な薄文との組み合わせは、乾山ならではの優美な風趣を示しており、乾山陶を代表する優品として価値が高い。