紙本墨画竜虎図〈単庵智伝筆/六曲屏風〉

絵画 / 平安

  • 単庵智伝
  • 平安
  • 一双
  • 重文指定年月日:
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 慈芳院
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 わが国における竜虎図は、鎌倉時代中期以降の禅宗文化興隆のなかで宋元書画の鑑賞が流行した際に、禅寺等に蒐集されていった舶載画を基盤として確立していったものと考えられている。たとえば「君台観左右帳記【くんだいかんそうちょうき】」絵の筆者上中下では牧谿【もっけい】と楊月〓【ようげっかん】の項に竜虎が挙げられており、牧谿画の影響は大きいものがあったと思われる。
 本図の左隻に描かれる竹虎図も、牧谿の「竜虎図」(明治三十二年八月一日指定および明治四十一年四月二十三日指定重文、京都・大徳寺所有)を学んでいる。『等伯画説【とうはくがせつ】』には単庵智伝【たんあんちでん】についての記載があり、単庵が相阿弥【そうあみ】(~一五二五)に望まれて弟子となったと伝える。本図の筆致にみる柔軟な没骨描【もっこつびょう】と、墨の濃淡を駆使した量感表現は、阿弥派の技法による制作であることを示している。
 単庵の作例としては、「梅花小禽【ばいかしょうきん】図」「遠寺晩鐘【えんじばんしょう】図」(ともに個人蔵)、「五位鷺図」(東京国立博物館、ボストン美術館)等約一〇点が知られているが、いずれも阿弥派の画風に忠実であり、単庵を相阿弥の直接の弟子とする『等伯画説』の記載の信憑性は高いといえよう。
 本図の制作時期については、『等伯画説』の記載が正しいとすれば、相阿弥自身が弟子に望んだとすることから相阿弥の没年(一五二五)以前に弟子となっており、二五、六歳で喧嘩をして早世したと記すことから、一六世紀初めころの作とみられる。
 室町時代から桃山時代にかけての竜虎図屏風作例としては、雪村【せっそん】本(クリーブランド美術館)、長谷川等伯本(ボストン美術館)、曽我直庵【ちょくあん】本(東京国立博物館)、狩野山楽【さんらく】本(明治四十五年二月八日指定重文、京都・妙心寺所有)等が知られているが、本図はいずれよりも制作時期が早い。
 本図は、現存する最古の竜虎図屏風として貴重であり、かつ阿弥派の画家単庵智伝の唯一の大作かつ代表作として絵画史上に重要であり、室町時代から桃山時代への過渡的な様相を示す作例としても注目される。

紙本墨画竜虎図〈単庵智伝筆/六曲屏風〉

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