陶淵明は東晋の詩人(劉宋、元嘉四年-四二七卒年六十三)で、性菊を愛し「菊を採る東籬の下、悠然として南山を見る」の句をもってよく知られる。室町時代に大変愛された詩人の一人で、その姿は「採菊図」「愛菊図」としてしばしば図にされている。本図は応永三十二年(一四二五)十月の惟肖得巌(一三七〇-一四三七)の賛があり、陶淵明図としては現存する最古の作とみなされる。
図は竹杖を持って庭に立つ陶淵明を描く。陶淵明は、画面に向かって左方を向き、羅の頭布をかぶり、毛皮の肩掛けを掛ける姿であらわされ、前方の崖際の垣根と向かって右の崖際、そして手前の土坡に白菊が描き添えられる。陶淵明は肉身を細い墨線でくくり、橙色で隈取り、口唇に朱を薄くさす。着衣には薄く朱をぼかし、衣褶に細くて鋭い折芦描風の墨線を引き、竹杖には黄褐色を賦す。菊は花弁に白、芯に黄をさし、茎と葉は墨で描き、葉には青色の葉を交える。
図には「周文」の印章(白文重郭方印)が捺されており、他の周文印に比すれば、この字形、刻技も良好であるところから、筆者と周文と認める説が行われている。この説は、巌惟肖の著賛した応永三十三年が、ちょうど、周文が朝鮮から帰国した翌年にあたり、また紙がちり交りのいわゆる朝鮮紙とみなされるところから肯首もされるが、他に同印の作が見出されない現状では、周文筆と断定するには躊躇される。しかしながらその清爽な描写表現は才能ある画家の作であることを想わしめる。
本図は周文筆に擬せられる応永時代の優れた人物画として、その価値は高い。さらに七絶の著賛をしている惟肖得巌は当代五山における「最一の作者」と称され、文名をほしいままにした禅僧であり、本図の価値を重くしている。(賛)向かって左から
義節前賢異論無 風流蕭散儘堪図 離亦黄菊記
高趣 奴視草間劉寄奴
乙巳孟冬 蕉雪老衲 巌
「蕉雪老衲」 (白文方印)
「惟肖」 (白文方印)
「東海〓苑」 (白文方印)