高野山鎮守の天野社に伝来した舞楽装束で同社一切経会試楽に使用した旨の墨書がしるされた童子用の装束である。
当社の舞楽は過去においては盛んであり、装束の変遷がみられる。さきに永和四年(一三七八)在銘の紺地牡丹文金襴裲襠(東京国立博物館保管)を重要文化財に指定しているが、この装束は、のちの享徳三年(一四五四)に新たに調進した多量の装束類である。
技法は多種な手法に及び、錦あり、刺繍あり、また絞りなど各種がある。錦は平安時代からみられる手法を駆使している反面、刺繍は桃山時代のそれの先駆としての手法を使用しており、日本染織史上、重要な技法資料であるが、保存がよいので服飾史上にも重要な資料である。