丹波焼はわが国で最も古い歴史をもつ窯芸の一つで、今日の兵庫県多紀郡今田村の立杭【たちくい】窯の周辺には、古墳時代から奈良時代の須恵器窯趾群、鎌倉・室町期に壺・甕等の日用雑器を焼いた穴窯趾が散在している。その後、近世の初頭ごろから山麓の釜屋・立杭地区に移るとともに、窯の様式も半地上式の登窯【のぼりかま】に変っていった。立杭の登窯は今では他地方で見られない独得の様式・技法を残している。
立杭の登窯は昭和二八年当時、上立杭に九基、下立杭に十三基、計二三基あって様式はほぼ同一で、長さ約三五~四五メートル、傾斜十度前後、袋数は平均八である。各室の長さは中央部で約五メートル、高さ約一メートル、巾約二メートル、各室の入口に「あな」と呼んでいる窯詰め用の出入口が特に大きくつくられている。焼成に要する時間は約六十時間である。
立杭の戸数は一三二戸(選択当時)うち三五戸が農業のかたわら製陶に従事している。