史跡
荘内藩の藩学であって文化二年大宝寺に開校し、同十三年二月現地に移転、翌十四年八月に完成した。いま、講堂、御入之間、東御門が、旧位置のまま遺存し、位置は変っているが表御門も旧構内に遺っている。講堂の西北に近く聖廟の跡があり、その建物は東田川郡山添村八幡神社に移築され、拜殿に充てられている。明治維新後廃校となり、建物の多くは撤去され現存の遺構にも一部の模様換えはあるが、よく旧規模をとどめていて教育史上重要な遺跡である。
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旧文武学校
旧閑谷学校 附 椿山・石門・津田永忠宅跡及び黄葉亭
旧弘道館