ヨーロッパから帰国した作者は、1957(昭和32)年頃から浅間山麓の軽井沢の山荘で一人暮らしを始め、孤独な生活の中で火の鳥の連作に取り組んでいる。「軽井沢の沈黙の生活は苦しい試練の日々でもあった。みずからの愚かしさ、人生の空しさ、後悔、慙愧(ざんき)に胸を噛む思いである。」(「女流画家の血みどろの路」『花より花らしく』)と語るように、自らとの戦いの中で描かれた作品は、これまで以上に作者の感情が表れ、心象風景としての性格が濃い。本作品では特に、冷たい色彩で幻想的な雰囲気と心の底へと沈潜していくような内面性が感じられる。