三岸節子展<パリ展帰国記念>(1988)
最晩年、神奈川県大磯のアトリエで、庭に咲く桜の花を最後の力をふりしぼるようにして描いた作品である。力強く根を張る幹からは、桜の花がまるで生き物のように広がり、渦を巻いている。すでに絵具を溶いて塗りこめる力はなく、幾重にも薄い絵具を塗り重ねた上から油がしたたり、キャンバスとの格闘の痕跡ともいえる独特のマチエールが生み出された。作者はこの作品を描く自らの姿を、キャンバスに留められた一羽の蝶にたとえている。大地に根ざし短い春を咲き誇る桜の大木は、作者の姿にも重ね合わされる。描くことに対する執念を桜に託して表現した、70年以上にわたる画業の集大成ともいえる大作である。当美術館のメインになるようにと願いながら、精魂こめてこの作品を描いた翌年、作者は94歳で没した。日本の多くの画家が取り組んできた桜というテーマへの最後の取り組みは、異国の地での制作の日々を経て帰国した作者の、日本画壇でのさらなる挑戦とも感じられる。