政治家であり実業家であった井原喜代太郎が毎日欠かさず書いた日記で、年代は1903年~1912年のものである。(途中欠本あり)その内容は多岐に渡り、政治経済にとどまらず、明治期の国際状況、風俗、医療等も克明に記されている。
日記によれば、井原はほとんど休みなく毎日精力的に活動しており、鹿島の実業家・名士との付き合いだけにとどまらず、佐賀県内・近県の実業家と毎日のようにやり取りをしており、新たな交友関係も確認された。また、この時期は急速に文化が発達した時代でもあるため、鹿島の発展の様子が手に取るようにわかる。
さらに注目すべきことは、鹿島鍋島家との関係で、旧藩主鍋島直彬との主従関係は依然として継続されており、明治期における旧藩主の存在感、旧藩士との関係がはっきりとわかる資料である。直彬は明治時代の旧藩主としては珍しく地元に残った人物で、政治・教育のみならず、鹿島の産業化や公共事業への投資を積極的に展開しており、明治期における旧藩主の鹿島との結びつき、政治的影響力も伺い知る事ができる。旧藩主が地元に残る事例は珍しいため、その実態を知る上でも、貴重な資料である。
これまで、近代史の資料は公的機関の資料か、鍋島家側の資料しかなかったため、井原のような立場のものの日記が発見されたのは初めてである。この日記は、鹿島市の近代史だけにとどまらず、佐賀県と近県、さらに、日本の明治後期の歴史・経済・政治・風俗を知ることができる貴重な資料といえる。