十三仏板碑は、頂上に虚空蔵菩薩、その下に三列四段に各回忌の仏菩薩を梵字(種子)で表したものである。右下の不動明王(初七日)から始まり、頂上の虚空蔵菩薩(三十三回忌)まで十三仏が配置されている。
年紀銘は一部不明であるが、元号に「応」或いは「文」、不明1字分に続いて十八と刻字があることから、応永十八年(1411)か文明十八年(1486)と判読することが可能である。天蓋の形態からも15世紀代造立の板碑とすることに矛盾はなく、十三仏信仰が盛んになる時期とも符合する。
十三仏板碑は室町時代になると月待信仰と結合したものが多く見られるようになる。本十三仏板碑と月待信仰との関係は不明であるが、室町時代に多く見られる特徴から、本板碑もこうした信仰集団による造立と考えることができる。
本板碑は、延命山安楽院清見寺(真言宗)の本堂に保管されてきた。どのような経緯で寺に伝えられたのかは不明であるが、天蓋・種子・連座に赤色顔料が鮮やかに残っていることから、早い段階で土中してそのまま埋もれ、後に何らかの理由で掘り出されて保管されるようになったものと考えられる。
関東に50,000基とも言われる武蔵型板碑であるが、県内では3,500基確認されている。この内、十三仏板碑は関東でも120基程度と数が少ない。町内では板碑は約80基現存しているが、十三仏板碑はこの1基のみであり貴重な資料である。