歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 江戸 明治
寛永寺の山門である「文殊楼」に掲げられていた額の拓本である。筆者の公弁法親王は後西天皇の皇子で、出家して寛永寺の住職である輪王寺宮となった。薬師如来を安置する瑠璃殿を建立するなど境内の整備にも力を尽くした。
短冊
公延法親王筆
東叡山新建瑠璃殿記
公弁法親王著
和歌色紙「麓をは」
後西天皇筆