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慈悲光礼讃 二幅
川端龍子
絹本著色
各一三九・三×一四六・八
大正七年 (一九一八)
東京国立近代美術館
川端龍子(一八八五〜一九六六)は、はじめ洋画を学び、新聞などの挿絵で知られた存在であったが、一九一三年のアメリカ渡航を機に日本画に転向。その後再興院展を活動の場として多くの佳作を発表するが、次第に大画面による絵画表現に執着を見せ始め、日本美術院を脱退して一九二九年青龍社を創立。青龍社展では会場芸術への指向を明示し、圧倒的大画面による豪放な作風を展開、スケールの大きな芸術性で画壇に確たる位置を築いた。反面、本来詩的感性に恵まれていた龍子の作品には、初期から晩年に至るまで、叙情あふれる雰囲気が漂っている。この作品は地上の生物が朝夕の光を浴び平和に息づいている様を借りて、自然が永遠の幸福を恵むという宗教的気分を表そうとしたものである。すべての事物に対して敬虔の心をもって接した龍子は、池の鯉にしても牛にしても、観た風景をありのままに描きながら、そこに宗教的な寓意を込めようとしたのであろう。