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The Desire of the Diagram〔図式の欲望〕
The Desire of the Diagram
1985年
アクリリック・麻布
182.5×152.5cm
画面底部に題名、署名、年記:The Desire of the Diagram ARAKAWA 1985
1986年荒川修作展(東京、佐谷画廊)
* 画中に次の文章の刷り込みがある。
DURING TRANSFERENCE,/AND POSSIBLY DURING LOCALIZATION, AS WELL,/THE FUNCTIONING AREA OF ""FORMING SPACE""/MAY INCREASE, THE/IND1VIDUAL CONTINUALLY/BECOMES ITS OWN/AFTERーIMAGE
〔移動ノ間、ソシテオソラク 位置ヲ 局限スル間ニオイテモ、〈空間ヲ形成スル〉ベク機能スル領域ハ増大スルト言ッテヨイシ、個々ノモノハ絶エズソノ残像トナル〉
渡米する前の荒川修作といえば、木箱にセメントの塊をおどろおどろしく““安置””した、俗に「棺桶」と呼ばれる作品が名高い。渡米して以後、こうした情念的な部分は、いちおう作品の表面から消えてしまい、事物のかたち一たとえば輪郭一と、事物の名称一ステンシルによる活字体一との間に介在する、さまざまに微妙な問題を、美的な図式として取り扱う、いわば認識論的な作品を模索した(東京国立近代美術館にある《アルファベット・スキンNo.3》〔1966ー67年〕はその典型的な作例)。近年の作品では、画面に刷りこまれた文字が、形而上学的断片ともいえるような文章の体をなし、見る者を知的に刺戟する一方で、造形的な要素との漠然とした関わりも強調されることがおおい。
これはあるいは、荒川の思考の中心にある、「空白」という、それこそ漠然とした観念と関係しているのかもしれない。
本作品に密集する矢印はおそらくそうした「空白」のひとつの目印であろう。視覚的には始点があり終点がある矢印も、エネルギーの方向として考えれぱ、始まりも終わりもない無限の持続一しかし、それは目にはみえない一にほかならない。矢印はいわば、なんらかのかたちで意昧ある「空白」に関わっているのである。それはまさに題名にいう、果てしない「欲望」(Desire)、画中の文章にあるあてどもない「移動」(TRANSFERENCE)、「局限」(LOCALIZATION)を体現する矢印なのである。