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大和川付替え以後、城連寺村の田畑や集落が頻繁に浸水被害に遭うため、富田新田へ村を移すことを願い出た書状。この書状には、宝永元年(1704)10月の工事完成後から宝永5年の夏までに14~15回の浸水被害があり、付け替え後に68軒のうち20軒が他所へ引越したことなどが記されている。
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乍恐口上書を以奉願上候(水請堤被為仰付候ニ付)
城連寺村庄屋、同村年寄、同百姓
大和川掘鑿以後城連寺村村図
冨田庄城連寺村 庄屋 久右衛門
〔堤ニ杭打候義〕
長谷川六兵衛、万年長十郎