その他の美術 写真 / 昭和以降
江戸時代の宝永元年(1704)に付け替えられた大和川の現在の様子。撮影場所は、江戸時代には河内国丹北郡城連寺村で、奥に写る対岸の堤までが村の範囲あった。そのため、現在も大和川を挟んだ北側も松原市域となっている。写真左は近鉄南大阪線の線路と車両で、写真は南から撮影。
〔堤ニ杭打候義〕
長谷川六兵衛、万年長十郎
乍恐口上書を以奉願上候(水請堤被為仰付候ニ付)
城連寺村庄屋、同村年寄、同百姓
大和川掘鑿以後城連寺村村図
冨田庄城連寺村 庄屋 久右衛門