江戸
元禄14年(1701)2月赤穂藩主浅野内匠頭長矩が勅使饗応役を命じられ、松の廊下における刃傷事件までのいきさつ、即日の切腹、赤穂城明け渡し、浪士たちの動向、さらに翌年12月に吉良邸での茶会の情報を得て、早朝の討ち入りを決めるまでを収める。(20041123_h16)(るび:ながのり ちょくしきょうおうやく)
赤穂義士絵巻
赤穂四十六士論
佐藤直方他著
浅野長矩墓および赤穂義士墓