小野竹喬(1889~1979)は近代を代表する日本画家で、風景画で名高い。本作は三重県の波切村(現志摩市)を描いたもので、大正7年、竹喬ら5名の画家が結成した国画創作協会の第1回展で発表された大作である。油絵を思わせる濃彩で描かれた緊密な構図の大画面は「急先鋒として新風景画創設に努めた一人」(鈴木氏享「郷土風景を掲載せる理由」『関西新美術』2-1・2)などと評された竹喬の模索の集大成で、竹喬は発表にあたり「色彩が見える以上、色を塗らない訳には行かぬ。そこで自然と洋画に似たやうなものになる」(「波切村」『美術画報』42-2)と説き、自ら「年一年と材料の苦が減じて、自分の自信を以て画くことが出来るやうになつた」(同)、「日本画でも自然を突きつめて行く事の出来る自信を得た」(『読売新聞』11月3日朝刊)と語る自信作であった。大正時代の日本画による風景表現の一典型を形成した竹喬の代表作であるとともに、作風展開の転換点にも位置しており、西洋絵画への接近が広く議論されていた同時期の風景画を代表するものである。