歴史資料/書跡・典籍/古文書 文書・書籍 / 江戸
文化12年(1815)2月5日、浴恩園の招宴当日の菅茶山と松平定信(まつだいらさだのぶ)の動きを田内月堂(たのうちげつどう)が和文で記したもの。茶山の庭園内の導線、休息場所、定信との対面、対面後の和歌や漢詩のやりとり、最後に望嶽楼から富士山をともに眺めたことなどが記されている。本文では、日付を2月6日としているが、5日の誤りである。
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浴恩園図并詩歌巻
田内月堂
浴恩園図并詩歌巻 7)大明梅記
星野文良/田内月堂
浴恩園図并詩歌巻 3)蓬瀛台よりミわたす海つらのけしき