加藤拓川書簡 加藤寿子宛 かとうたくせんしょかん かとうひさこあて

歴史資料/書跡・典籍/古文書 文書・書籍 / 大正

  • 加藤拓川  (1859~1923)
  • かとうたくせん
  • 大正 / 1913(大正2)年
  • 書簡
  • 封筒:14.4㎝×9.5㎝/本紙:24㎝×39.8㎝
  • 1通
  • 愛媛県松山市上野町甲650
  • 愛媛県生涯学習センター(愛媛人物博物館)所蔵
  • 愛媛県生涯学習センター

加藤拓川は、正岡子規の祖父・大原観山の三男で、甥にあたる子規を生涯にわたり支援した。フランス留学を経て外務省に入り、外務大臣秘書官、ベルギー公使等を歴任後、衆議院議員、貴族院議員を務めた。また、大正11(1922)年、がんに冒された体ではあったが、要請されて第5代松山市長に就任した。
本資料は、海外出張中の加藤拓川が妻に宛てた書簡で大正2(1913)年6月7日消印。中国大連市の遼東ホテルから発簡されており、この後、ハルピンに向かうことなどが記されている。

加藤拓川書簡 加藤寿子宛 かとうたくせんしょかん かとうひさこあて
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