小野谷の石造警鐘台 附建設記念碑

おのだにのせきぞうけいしょうだいつけたりけんせつきねんひ

概要

小野谷の石造警鐘台 附建設記念碑

おのだにのせきぞうけいしょうだいつけたりけんせつきねんひ

近世以前その他 / 昭和以降 / 九州

福岡県

昭和/1930

警鐘台本体は、直方体に加工した石材を4段に布積みした高さ1.2mの方形基壇上に、長さ4.1~4.5mの3本の石柱を建て、上部の望楼を支える構造となっている。さらに基壇には下方の農道から5段の階段が接合する。また、上部の望楼も本体と同様に床面から長さ1.96mの3本の石柱で天板を支える構造となっており、転落防止用の鉄製手すりと鉄製梯子が取り付き、天板中央からは青銅製の半鐘が吊り下げられている。。なお、これらの石材は、地元で調達できる花こう岩が用いられている。

警鐘台:高さ8m(基壇接地面から天板まで)
記念碑:高さ1.25m

警鐘台1基、記念碑1基

嘉麻市小野谷769番地4

嘉麻市指定
指定年月日:20240304

小野谷自治会

有形文化財(建造物)

本警鐘台は、警鐘台脇に設置された建設記念碑の碑文より昭和5年(1930)1月に建設されたことが分かる。本警鐘台が位置する小野谷地区(小野谷村)は、明治22年(1889)、桑野村、宮吉村、上村との合併により宮野村となり、昭和30年(1955)まで宮野村として存続した。本警鐘台が建設された昭和5年(1930)当時、宮野村消防組は下部組織として旧村単位で4部に分かれていたことが過去の文献記録等から推察される。本警鐘台の建設費用については、地元小野谷地区の消防員32名及び有力者のほか、宮野村、小野谷区等からの寄付金によって賄われたことが碑文から確認することができる。

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