小袖裂幡
こそできればん
概要
小袖裂幡
こそできればん
京都府
室町/1530年
本幡は数種の絞染裂と織裂を寄せ集めて仕立てた幡である。主に三種類ある絞染裂はいずれも大柄で、(1)藤、桶、立波などの文様を絞染で表し、金銀摺箔、銀泥を施す練緯地の手の込んだもの、(2)楓の葉、切竹、大小の円文を染める紬の素朴な印象のもの、(3)練緯地を筋状に紅白に染め分けた単純な染文様の紅筋である。織裂は主だったものとしては二種あり、(A)経糸を紅白の締切にした紅筋と白地の練緯、(B)紅白の格子を織り出した練緯である。三旒の幡の幡頭、幡身、縁にはこれらの裂が共通して用いられており、同時期に一具として製作されたことがわかる。(幡一)の幡身に用いられた萌葱地の裂が第二坪の半ばを境に文様の天地が入れ替わること、第一坪上部の裂端が白く水平に染め分けられていることから、小袖の肩山あるいは袖山に該当し、肩の萌葱地の下に白地の胴が続くことがわかる。当時の小袖意匠構成を勘案すれば、この裂はもとは肩と裾を萌葱に、胴を白にした肩裾小袖であったと考えられる。(幡一)、(幡二)の縁裂もまた紅筋に大きな白地が続くことから肩裾の一部と考えられる。幡に用いられた小袖裂は織や染の様々な格の裂を寄せ集めたものである。
(幡一)幡身縦78.0 同幅31.0
(幡二)幡身縦92.5 同幅29.5
(幡三)幡身縦95.5 同幅28.0
3旒
京都市東山区茶屋町527
重文指定年月日:20240827
国宝指定年月日:
登録年月日:
国(文化庁)
国宝・重要文化財(美術品)
本幡は、数種の絞染裂と織裂を寄せ集めて仕立てた幡である。主に三種類ある絞染裂はいずれも大柄で、(1)藤、桶、立波などの文様を絞染で表し、金銀摺箔、銀泥を施す練緯地の手の込んだもの、(2)楓の葉、切竹、大小の円文を染める紬地の素朴な印象のもの、(3)練緯地を筋状に紅白に染め分けた単純な染文様の紅筋である。織裂は主だったものとしては二種あり、(A)経糸を紅白の締切にした紅筋と白地の練緯、(B)紅白の格子を織り出した練緯である。三旒の幡の幡頭、幡身、製作されたことがわかる。
由来書によれば、この幡は和歌山の根来寺の僧侶により享禄元年から三年(一五二八~三〇)にかけて衣を綴り立てて作られ、幡を見る人に一切の罪業を取り除く光明真言の功徳があるようにとの願いが込められた。(幡二)幡頭縁には「十二/薬師」の墨書があり、これらの幡が薬師如来が衆生を救うために欲した十二大願にちなみ、十二旒で一具であった可能性が指摘されている。本三旒の他に同様の幡一旒と残闕数点の伝存が確認されている。
本幡に用いられる小袖裂は、室町時代の故実書等から知られる当時の小袖意匠と合致し、享禄三年以前に製作、着用されたものと考えられる。また絞染の遺例としてもこの時代までさかのぼる年紀をもつものはなく、最古例に位置付けられる。室町時代後期の染織品の意匠や製作技術、幡の製作年代、製作背景をうかがうことができる希少な遺例であり、当該期染織品の基準作となる重要な作品である。
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