男神騎馬像 附脛当1組、鐙1掛、太刀2振、勝手権現御弓箱1箱
だんしんきばぞう つけたりすねあてひとくみ、あぶみひとかけ、たちふたふり、かってごんげんおんゆみばこひとはこ
概要
男神騎馬像 附脛当1組、鐙1掛、太刀2振、勝手権現御弓箱1箱
だんしんきばぞう つけたりすねあてひとくみ、あぶみひとかけ、たちふたふり、かってごんげんおんゆみばこひとはこ
鳥取県
室町時代/1523 1542
2躯のうち1躯は針葉樹材による寄木造り、もう1躯は針葉樹材であるが面の塗りが厚く詳細は不明。
〔その1〕総高151.8㎝(神像総高99.6㎝、馬総高 111.8㎝)
〔その2〕総高127.5㎝(神像現状総高64.5㎝、馬総高99.2㎝)
2躯、附脛当1組、鐙1掛、太刀2振、勝手権現御弓箱1箱
鳥取県東伯郡三朝町三徳1010
鳥取県指定
指定年月日:20240119
宗教法人 三佛寺
有形文化財(美術工芸品)
両像の明治以降の伝来は以下とおり。廃仏毀釈の際に、元は三徳山上に鎮座していた「神体武装、馬乗ノ高大凡五尺、最モ威儀アリ」という勝手権現像が「祭神不詳一神」とともに麓の平神社の境内に移座され、境内社勝手神社に祀られた。合祀された「祭神不詳一神」には「桓公ナリシノ伝説」があったという。その後、平神社は大正15年(1926)に三徳村内の神社合併により北野神社(現三徳神社)に合併され、その際これらの像は三徳山住職からの返還要求により山内に戻された(以上、『祭神記』1911年)。また、平神社に安置されていた「乗馬姿の勝手権現」はかつて三徳山内の文殊堂に安置されていたもので、三徳山に返還後は再び文殊堂に祀られた、との伝もあった(『続三朝町誌ふるさと物語』1968年)。近年、山内の輪光院の屋根裏から改めて見出され、宝物殿収蔵庫に納められた。
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