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京都府

国指定文化財(国宝・重要文化財(美術品))刺繡聖母子像花鳥文様壁掛京都市東山区茶屋町527

刺繡聖母子像花鳥文様壁掛

図様、技法、材質から、中国の広州で作られた輸出用の染織品と考えられる。聖母子の周囲には如意雲のような中国風の雲が配され、その両脇に中国の吉祥的な動植物が表される。富貴を意味する牡丹と孔雀の組合せ、春水秋山を想起させる猛禽類が水鳥を捕らえる図や鹿の図は、伝統的な中国の文様といえる。
本作のような中国広州製の輸出用染織品は、十六~十七世紀にかけてもてはやされ、あるものは仕立て替えをし、あるものは姿をそのままに用途を変えて我が国の染織文化に影響を与えた。本作はそのなかで、欧州と中国両方の影響を読み取ることのできる好例であり、聖母子と天使の図像を伴う唯一の例である。日本に舶載された時期は、十六世紀後半から慶長十八年頃までの限られた時期と考えられ、禁教前にもたらされた早期のキリスト教美術の染織としても他に例がなく貴重である。

国指定文化財(国宝・重要文化財(美術品))小袖裂打敷(高台寺伝来)京都市東山区茶屋町527

小袖裂打敷(高台寺伝来)

 豊臣秀吉(一五三七~九八)の正室、高台院(一五四八または四九~一六二四)が夫の菩提を弔うために建立した高台寺に伝わる打敷である。本作は小袖や打掛など着用された衣服を解いて、打敷に仕立て替えたもので、唐織地が八枚、金襴地が二枚、平絹地に刺繡したものが一枚、打敷に仕立てたのち綾地に金摺箔を施したものが一枚ある。仕立ては、おおよそ中央に四角形を作り、その周囲に縁をめぐらせる鏡仕立てとなっている。
 打敷は、仏前の卓上に掛ける荘厳具の一種である。着衣を荘厳具に仕立て替えて寄進することは、着用者の追善供養や現世・来世の安穏などを願って行われた。本打敷は、一領の衣服から一枚の打敷に仕立て替えたものが多く、衣服の形状に復元することができる。もとの衣服は全体に文様を配す通し文様のほか、段文様や、段をずらして二つの区画を交互に並べた段替り文様であった。こうした区画分けをする意匠構成は桃山時代の流行に沿ったものである。
 技法と文様については、唐織と刺繡が時代性をよく示している。唐織は、文様を表す絵緯糸が十色前後と多色で、その糸を生地表面に柔らかく浮かせておおらかに文様を織り出す。また一部の唐織には、文様の途中で絵緯糸を生地裏に沈める文綴じの原初的な例がみられる。文様は平面的で、上文と地文が等質的に表され、樹木や雪輪の形状、花を表裏一組にする表現などに桃山時代の唐織にみられる特徴が顕れている。刺繡は糸を長く渡して大きな桜樹を繡うもので、唐織と同じく色糸のゆったりと量感のあるさまや、桜花の平面的な表現、樹木の形状や配色に同時代の雰囲気が感じられる。
 本打敷の裏地には、それぞれに墨書があり、寄進した人物や年代、修理を行った記録などが記される。特に注目されるのは、高台院が寄進したことを記す二つの墨書である。ひとつは高台院が慶長十二年に寄進したことを示すもので、当時主に高位の人物が着用した唐織で仕立てた打敷に記されている。もうひとつは寄進年の情報はないが、梅唐草に綬を結んだ中国風の文様を表す金襴地の打敷に書かれている。金襴も格の高い織物であり、もとは高台院の着衣であったと考えられる。このほか後年に書かれたものであるが、江戸時代の作と思われる紺地金襴の打敷に、高台院の甥の継室にあたる永興院が寄進したとする墨書もみられる。
 以上のように、本打敷は桃山から江戸時代の意匠構成や染織技法の特色をよく示す優品である。墨書からは高台院をはじめとする寄進者、衣服の着用者、おおよその製作年代の下限を知ることができ、貴重である。また、信仰の形を示す染織品としても文化史上意義深い。

国指定文化財(国宝・重要文化財(美術品))七宝四季花鳥図花瓶〈並河靖之作/〉千代田区千代田1-8

七宝四季花鳥図花瓶〈並河靖之作/〉

一九〇〇年パリ万国博覧会出品のため宮内省より製作を依頼された作品で、近代七宝を牽引した並河靖之(一八四五~一九二七)の代表作である。
 
 
 釉の色調は明るく、彩度が高く、色数は豊富である。また、輪郭線の内側で色彩のグラデーションを多用する事により、モチーフとなる鳥や植物の特徴をより忠実に表現し、立体感や空間の奥行を感じさせることにも成功している。地の黒色釉は、濁りのない真の黒を呈し、色むらや不純物、釉の欠損などは見られず、光沢のある表面となっている。この黒色釉が鮮やかな花鳥の図様を引き立てつつ、空間の広がりを感じさせる効果も持っている。
 並河工房の工場長として知られた中原哲泉(一八六四~一九四二)は、優れた下図を多く残したことで知られ、本作品の下図も手がけており、その一部が現存している。花や葉の輪郭は細筆による均一な線で描かれており、肥痩線はそれと明確に区別して描かれている。製作に入る前の綿密な計画と準備を伺い知ることができる。
 この花瓶は、有線七宝による細緻な図様表現、器形と調和した構図、明るく豊かな色彩の釉調など、並河七宝の特色が余すところなく発揮されている。並河の作品の中でも最大級の大きさを誇り、代表作と呼ぶにふさわしい堂々たる姿である。明治時代の七宝作品のなかでも際立った作行を示しており、近代工芸史上で欠くことのできない重要な作品である。

国指定文化財(重要文化財)琵琶湖疏水施設 第五隧道京都府京都市左京区南禅寺福地町

琵琶湖疏水施設 第五隧道

琵琶湖の湖水を京都へ疏通する長大な運河とその関連施設。東海道とほぼ並行する第一疏水、南禅寺境内を横切り北上する疏水分線は、農商務省及び京都府が立案した計画に内務省土木局が手を加え、工事は田邉朔郎と島田道生を中心に明治23年に竣工。鴨川運河は同27年の開通。第一疏水を補う第二疏水は同45年の完成。舟運、灌漑、防火、発電、水道等の都市近代化に係る多岐にわたる機能を集約した大規模な施設。特に新技術を積極的に導入し、建設当時我が国最長規模を誇った第一隧道は、近代トンネルの規範的存在。明治維新後に衰頽した京都の再興を支えた、京都の近代化を象徴する都市基盤施設。