カテゴリで見る

沖縄県・那覇市

国指定文化財(国宝・重要文化財(美術品))琉球家譜
琉球家譜関係文書(百二十九通)
沖縄県那覇市久茂地1-1-1 パレットくもじ4階

琉球家譜<BR/>琉球家譜関係文書(百二十九通)

琉球王国の家譜は、士(サムレー)の家系に関する記録であり、門中(一族)ごとに姓(氏、うじ)を定めて編纂され、先祖と子孫とのつながりを示す「世系図(せいけいず)」と先祖の勲功や履歴を示す「紀録(きろく)」を合わせたものである。内容には古琉球からの諸記録を含み、首里王府の系図座に提出して厳密な審査を受けて承認された記録性と信頼性が高い公文書である。王府に系図座が設置された康熙28年(1689)以降、本格的に編纂が開始され、王府の崩壊する1880年まで公的に書き継がれた。家譜関係文書は、家譜編纂にあたり作成された組立と仕次
、家譜に記載される内容の裏付けとなる生子証文(しょうししょうもん)や片髪結願書(かたかしらゆいねがいがき)、琉球国王朱印状等である。
琉球家譜とその関係文書は、王府の組織や行政、王国の身分制度、東アジアの系図文化を考える上で重要である。那覇市所有分は、最もまとまった数の一括で、旧士の家々がとりわけ大切に守り伝えた文書群であり、戦禍により数多の史料が失われた琉球史研究上、貴重である。

国指定文化財(史跡名勝天然記念物)崇元寺跡沖縄県那覇市

崇元寺跡

首里と那覇を結ぶ地に位置し、歴代琉球国王の位牌を祀り、国廟(こくびょう)と位置付けられた寺院跡

国指定文化財(国宝・重要文化財(美術品))琉球家譜
琉球家譜関係文書(二十一通)
沖縄県那覇市おもろまち3-1-1

琉球家譜<BR/>琉球家譜関係文書(二十一通)

琉球王国の家譜は、士(サムレー)の家系に関する記録であり、門中(一族)ごとに姓(氏、うじ)を定めて編纂され、先祖と子孫とのつながりを示す「世系図(せいけいず)」と先祖の勲功や履歴を示す「紀録(きろく)」を合わせたものである。内容には古琉球からの諸記録を含み、首里王府の系図座に提出して厳密な審査を受けて承認された記録性と信頼性が高い公文書である。王府に系図座が設置された康熙28年(1689)以降、本格的に編纂が開始され、王府の崩壊する1879年まで公的に書き継がれた。家譜関係文書は、家譜編纂にあたり作成された組立と仕次
、家譜に記載される内容の裏付けとなる生子証文(しょうししょうもん)や片髪結願書(かたかしらゆいねがいがき)、琉球国王朱印状等である。
琉球家譜とその関係文書は、王府の組織や行政、王国の身分制度、東アジアの系図文化を考える上で重要である。沖縄県所有分は、那覇市所有分に次ぐまとまった数の一括で、旧士の家々がとりわけ大切に守り伝えた文書群であり、戦禍により数多の史料が失われた琉球史研究上、貴重である。

国指定文化財(国宝・重要文化財(美術品))金銅雲龍文簪那覇市おもろまち3ー1-1

金銅雲龍文簪

琉球では男女ともに簪を用い、本簪と副簪があり、本作品は本簪にあたる。琉球諸島各地には、現在、一五点ほどの神女簪が伝わっている。本簪は他の神女簪より二回りほど大きく、作行も優れ、文様表現に写し崩れなどが見られない。製作年代は、形式編年の中で最も古い一群に属する。「天」の字を象形化した印は、王家伝来の刀剣拵【こしらえ】や漆器などにも見られるもので、いずれも一六~一七世紀の作風を示している。また、茎に表された列点唐草は、日本の桃山時代に盛行する文様であることから、本品の製作年代もその頃と判断される。他の神女簪の意匠がほとんど牡丹文である中で、本簪のみ龍文を表していることからも、聞得大君所用の品である可能性が極めて高い。
薄い銅板を用いて重量をおさえながらも、高肉に文様を打出すという高い技術、明瞭で躍動感のある龍文の表現など、琉球の金工品の中でも特に優れた重要な作品である。
なお本品は、琉球処分以来、尚家の住まいであった中城御殿内の金庫に保管されていたところ、太平洋戦争時に戦火に見舞われ行方不明となっていたが、一九五三年五月にアメリカから当時の琉球政府に返還された。