厳島神社 廻廊 (西廻廊)
いつくしまじんじゃ かいろう
概要
厳島神社社殿 六棟
厳島神社の創立は明らかでないが、平安時代の末期に平清盛(一一一八~八一)の援助によって社殿が造営されたと伝え、その時すでに現在の規模が定まったようである。神社は風光明眉な瀬戸内海の厳島にあり、西北面して多くの社殿を海中に造営し、自然美と人工の美の調和の妙を得ている。社殿のうち本社及び摂社客神社は最も主要な部分をなす建築で、ともに両流造の本殿の前に幣殿、拝殿、祓殿と順につらねた複雑な形態をなしており、さらに本社の前面には広い平舞台と高舞台、左右門客神社などが付属している。神社は承元元年(一二〇七)、貞応二年(一二二三)の両度炎上し、仁治二年(一二四一)ほぼ全社殿にわたる造営が行われているので、現社殿は古式の部分も存するが、ほぼこの時のものと思われる。本社本殿はさらに元亀二年(一五七一)の大修理をうけている。
廻廊は曲折して本社と客神社とをつなぎ、柱間延長百七間に及ぶ長大なものである。平安時代末期にすでに存在したことが記録にみられるが、現在のものは室町時代末期から桃山時代にかけて改築されたものである。
【引用文献】
『国宝事典[第四版]』(便利堂 二〇一九年)
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