石造旧日永の追分道標
せきぞうきゅうひながのおいわけどうひょう
概要
明暦2年(1656)に市内川原町の宝光山佛性院の開基である専心によって建てられた。その後、嘉永2年(1849)に現在の道標が建てられたため、近くの追分神明社に移建され、明治40年に現社地に合祀された際に、道標も移建され、社号を日永神社と改称した。
文化庁 〒602-8959 京都府京都市上京区下長者町通新町西入藪之内町85番4
(C) The Agency for Cultural Affairs
せきぞうきゅうひながのおいわけどうひょう
明暦2年(1656)に市内川原町の宝光山佛性院の開基である専心によって建てられた。その後、嘉永2年(1849)に現在の道標が建てられたため、近くの追分神明社に移建され、明治40年に現社地に合祀された際に、道標も移建され、社号を日永神社と改称した。
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