阿蘭陀本草和解〈野呂玄丈抄訳/〉 おらんだほんぞうわげ〈のろげんじょうしょうやく/〉

歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 江戸

  • 東京都
  • 江戸 / 1741-1743
  • 2冊
  • 東京都千代田区北の丸公園3-2
  • 重文指定年月日:19990607
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 独立行政法人国立公文書館
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 オランダ商館の医師等を介してもたらされた蘭学は、当初は医学や科学技術を中心として伝えられ、8代将軍徳川吉宗の蘭学奨励政策等によって徐々に実用的な傾向を呈することとなった。
 本件は、この徳川吉宗の命を受けて、本草学者・幕府医官であった野呂元丈<のろげんじよう>が中心となって、将軍に進献され、幕府の官庫・紅葉山文庫の保管になるヤン・ヨンストン著述の『動物図説』、およびランベルス・ドドネウス著述になる『草木誌』<そうもくし>の蘭語版原書を抄訳したものである。
 体裁は、2冊ともに明朝綴の袋綴冊子本で、白地藍色洲浜摸様の紙表紙を装し、料紙には無界の楮紙を用い、その法量は必ずしも一律ではなく、概ね半葉8行ずつに書写している。筆跡等からみて全編ともに一筆ではなく、第2冊に収める「壬戌阿蘭陀本草和解」「阿蘭陀本草和解書付」等には押紙になる追記がみえるが、本文には加筆訂正等の跡はなく、清書本としての体裁を伝えている。
 現状は、必ずしも編年形式ではないが、寛保元年(1741)3月から寛延3年(1750)年3月までの10年の年月を費やして訳出し、基本的には1年分を1編として、原則としてそれぞれ表題に干支を冠し、都合12編を2冊に合綴している。
 そのうち、第1冊には『動物図説』を訳出した「阿蘭陀禽獣蟲魚圖和解」(寛保元年辛酉三月)の1編があり、翻訳にあたって、まず本編を初めに着手したことがうかがえ、他の11編はいずれも『草木誌』を訳出した「阿蘭陀本草和解」に関するものである。
 内容は、原書の所収頁数を標記し、ほぼ1字下げで薬草の名称をオランダ名、ラテン名、日本名で記し、併せて効能、用法およびその製薬法などについて箇条書の形式で記している。
 翻訳の経緯等については、各編の奥書に、例えばオランダ商館長・ヤコブ・ファン・デル・ワーイエン、オランダ商館医・ムスクルス、大通事・吉雄<よしお>幸左衛門、小通事・茂<しげ>七郎左衛門等の名がみえていることから、オランダ商館長一行が毎年の江戸参府の際に質疑等を行って教示を得るとともに、通事(詞)の助力を得ながら訳出にあたったことがうかがえる。
 なお、伝来については、幕府の官庫・紅葉山文庫から昌平坂学問所と和学講談所の旧蔵書を基幹として設置された書籍館<しょじゃくかん>を受け継いで、明治8年(1875)に開設された浅草文庫を経て、現有に帰したものである。
 抄訳本ではあるが、原書の解読を行った蘭学研究の嚆矢ともいうべきもので、後の蘭学研究の進展に多大な影響を及ぼすなど、わが国における蘭学研究史上に貴重であるとともに、伝来経緯の明らかなことも特記される。

阿蘭陀本草和解〈野呂玄丈抄訳/〉

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