観梅 かんばい

絵画 / 明治

明治20年代には洋画の題材として日本の神話や歴史が取り上げられ、近代美術史では「歴史画」と呼ばれる。この作品は、歌人であった藤原俊成女+ふじわらしゅんぜいのむすめ+の逸話をもとにしている。本多はこの他にも「羽衣天女」など特色ある作品を描いている。

本多錦吉郎は広島藩士。初め英語を学んで藩校の教師となった。後に上京して国沢新九郎の画塾「彰技堂」で洋画を学び、国沢没後はその跡を継いだ。絵画技法書や解剖学書の翻訳など教育面での業績が大きく、契山と号して茶室、庭園の設計も手がけている。

観梅

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