江戸
慶長6年(1601)本多忠勝がこの地に入り10年を要して巨大な城を築いた。元和3年(1617)本多氏移封を受け、松平(久松)定勝が襲封した。当主定綱の時天守が築かれたが、元禄14年(1701)に城下町から出火した火災で類焼した。戊辰戦争で城の一部を焼失し、その後解体された。
《長門国萩城図》
《山城国伏見城図》
《駿河国府中城図》