明治
蜷川式胤が明治6年(1873)に写したとある。一番右の行が真字、真ん中が行字、左は草字だそうで、式胤によると、真字は朝鮮文字、草字は日本の古文字と考証している。こういった研究資料の類も蜷川は博物館において精力的に模写していた。
支那国ノ尺ノ沿革
蜷川式胤写
上代衣服考
豊田長敦著
嵯峨天皇御像(模本)
蜷川式胤模写