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作品66‐SA
Work66ーSA
1966年
アクリル・麻布 193.8×130.8㎝
吉原治良を中心とした関西の前衛美術家グループ、具体美術協会は、同じ時期のフランスのアンフォルメル、アメリカのアクション・ペインティングなどと呼応するかのように、美術の表現のなかに行為という要素を取り入れたことによって有名である。それはハプニングや今日のパーフォーマンスの先駆ということもできよう。このグループのなかにあって田中敦子は最初からタブローを描いていたわけではなかった。運動と音と色あるいは光こそ田中の表現したいものであったようだ。田中の最も早い時期の作品に、一列に配線した20個のベルを2メートル間隔に並べたものがある。スイッチを入れると音が手前から順番に鳴り響き端までいくと折り返してくる仕掛けがなされており、音の移動と音による空間の充足がこの作品の意図するところであったことが理解される。続いて、1957年の具体舞台展では、めまぐるしく点滅する数千個の色電球でびっしり覆われたドレスを発表している。この作品のためのデッサンとして円と曲線の絡(から)み合う図がみられ、それが発展するかたちで以後の絵画作品が生み出されていった。最初、無数の小円と線からなる画面には次に大きな円が加わりさらに同心円となった。そして65年以降になると線はより交錯し、複雑に絡み合い動きが増すようになる。線は円を覆い細切れに切断される。本作品はこの時期のもので、さらに70年代になると円は歪み不定型に近くなり線は放射状に配されるようになる。このように具体的なイメージに端を発するこの描象画のシリーズは、文字通り達鎖反応のように思考と実制作の繰り返しのプロセスのなかで限りなく変容してゆくのである。それは自己充足的な新しい絵画の試みであり、またある熱狂を感じさせる画面内とは裏腹にそれを客観的に見つめる冷(さ)めた画家のまなざしをも感じさせる。