椿

絵画 日本画

  • 小杉放菴(未醒)  (1881-1964)
  • コスギ、ホウアン(ミセイ)
  • 昭和12年 / 1937
  • 彩色・紙本・屏風2曲・1隻
  • 151.1×165.8
  • 右上に印章; 左下に落款、印章
  • 15回春陽会展 東京府美術館 1937

25
椿
Camellia
1937年
紙本彩色・屏風(2曲1隻) 151.1×165.8cm
明治後期の洋画壇にその地位を着実に固めつつあった放庵が、本格的に日本画と取り組むようになったのは渡欧して以降のことであった。「三十すぎて仏蘭西に行って、ひどく東洋主義となって帰って来る、日本絵のいい友達が出来てそれから墨絵をかき出した。」(『小杉放庵画集』序文、1932)と語るように、この旅行中にヨーロッパの絵画とは体質的に合わないものを強く感じたらしい。やがて、東洋の伝統への回帰を目指し、東洋画の独自の理論や技法を研究する一方、思想的にも老子、荘子へ深く傾倒していく中で、独特の日本画をつくり上げていった。そこには洋画を描こうとする日本人が、近代化に呼応して展開した日本の洋画の孕(はら)む矛盾に悩みながら、新たな出口を模索する姿がみてとれる。放庵画の登場人物に、近代の風に神経を吹かれた何時も妙に寂しそうな、薄ら寒い影を背負った放庵その人の姿をみたのは芥川龍之介である。椿と白木蓮の技が大きく交又する下に一匹の猫が物憂げな表情をみせる光景はいかにも長閑(のど)かではあるが、世俗を遠く離れて恰(あた)かも荘子の胡蝶の夢をみるかのような猫の後姿にも、世の中の流れにやや距離をおいて独自の道を歩む放庵その人が二重写しとなって、一抹の寂しささえ感じられる。1937年の第15回春陽会展に出品された。

椿

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