紙本墨画淡彩石蕗図

しほんぼくがたんさいつわぶきず

概要

紙本墨画淡彩石蕗図

しほんぼくがたんさいつわぶきず

日本画 / 富山県

村井栄二(盈人)  (1899~1976)

むらいえいじ(えいじん)

富山県高岡市

大正~昭和期頃

紙本・軸装・墨画,淡彩

本紙:縦93.1cm×横33.9cm
全体:縦159.9cm×横45.2cm,軸長50.5cm

1幅

富山県高岡市古城1-5

高岡市立博物館蔵

高岡市出身の洋画家・村井栄二(盈人)筆の石蕗図。作者は洋画家だが、富山県立工芸学校(現富山県立高岡工芸高等学校)で学んだのは日本画である。
落款「栄二画」、朱文方印「栄二」。外題「村井栄二画」。

村井盈人(1899.1.30~1976.10.27)
高岡市通町出身の洋画家。本名は栄二。富山県立工芸学校図案科(現富山県立高岡工芸高等学校)で日本画家の中島秋圃(なかしましゅうほ)に日本画の基礎を学ぶ。大正5年に上京し、一転して洋画家の中川一政から洋画を学んだ。その一方で水彩画も研究し、同年、日本水彩画会に「静物」(水彩)を出品して入選している。その後二科展などに油彩画を出品し入選。また、この頃雄山通季(おやまみちすえ)や改井徳寛らと北陸洋画協会を結成している。二科展入選後は高岡で暮らすようになり、昭和4年に雄山通季、久泉共三と共に穹玄社を、昭和5年に雄山通季らと丹緑社を結成し、各団体で展覧会を開催している。昭和15年頃からは水墨画も始めた。昭和23年に雄山通季と関長造(彫刻)の三人で散木社を結成し、精力的に作品を発表。翌昭和24年に高岡市美術作家連盟が結成されたが、その創設にも尽力した。享年77。

<参考文献>
・高岡市立美術館 企画展「高岡近代洋画の先覚者たち」1991年
・北日本新聞社『富山大百科事典』下巻,1994年 など

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