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愛知県・名古屋市東区
国指定文化財(重要文化財)建中寺徳川家御霊屋 透塀愛知県名古屋市東区筒井一丁目
旧名古屋城下の東端に境内を構える尾張徳川家の菩提寺。藩祖義直(源敬公)の菩提を弔うため開創され、源敬公は当初、本堂に祀られた。以降、境内には歴代の藩主と夫人の御霊屋が造営された。当建物は本堂に代わり新たに設けられた源敬公の御霊屋で、寛政10年(1798)の建築。明治以降は建中寺に残る唯一の御霊屋となり、尾張徳川家代々の祖霊を合祀。社殿は本殿と合間、経殿からなり、正面に唐門を配し、透塀が囲繞する。内外の絢爛な極彩色は保存状態が良く、意匠性に富む。入母屋造妻入で内部を上下段に分けた本殿、吹放しの合間、読経を行う経殿を複合した社殿とそれらを囲う唐門と透塀からなる構成は、建中寺特有の御霊屋の形式を堅持しており、歴史的に重要。
国指定文化財(重要文化財)建中寺徳川家御霊屋 唐門愛知県名古屋市東区筒井一丁目
旧名古屋城下の東端に境内を構える尾張徳川家の菩提寺。藩祖義直(源敬公)の菩提を弔うため開創され、源敬公は当初、本堂に祀られた。以降、境内には歴代の藩主と夫人の御霊屋が造営された。当建物は本堂に代わり新たに設けられた源敬公の御霊屋で、寛政10年(1798)の建築。明治以降は建中寺に残る唯一の御霊屋となり、尾張徳川家代々の祖霊を合祀。社殿は本殿と合間、経殿からなり、正面に唐門を配し、透塀が囲繞する。内外の絢爛な極彩色は保存状態が良く、意匠性に富む。入母屋造妻入で内部を上下段に分けた本殿、吹放しの合間、読経を行う経殿を複合した社殿とそれらを囲う唐門と透塀からなる構成は、建中寺特有の御霊屋の形式を堅持しており、歴史的に重要。
国指定文化財(重要文化財)建中寺徳川家御霊屋 本殿・合間・経殿愛知県名古屋市東区筒井一丁目
旧名古屋城下の東端に境内を構える尾張徳川家の菩提寺。藩祖義直(源敬公)の菩提を弔うため開創され、源敬公は当初、本堂に祀られた。以降、境内には歴代の藩主と夫人の御霊屋が造営された。当建物は本堂に代わり新たに設けられた源敬公の御霊屋で、寛政10年(1798)の建築。明治以降は建中寺に残る唯一の御霊屋となり、尾張徳川家代々の祖霊を合祀。社殿は本殿と合間、経殿からなり、正面に唐門を配し、透塀が囲繞する。内外の絢爛な極彩色は保存状態が良く、意匠性に富む。入母屋造妻入で内部を上下段に分けた本殿、吹放しの合間、読経を行う経殿を複合した社殿とそれらを囲う唐門と透塀からなる構成は、建中寺特有の御霊屋の形式を堅持しており、歴史的に重要。
国指定文化財(重要文化財)建中寺本堂愛知県名古屋市東区筒井一丁目
旧名古屋城下の東端に境内を構える浄土宗寺院で、徳興山と号する尾張徳川家の菩提寺。 藩祖義直の菩提を弔うため、慶安4年(1651)に2代光友が開創した。本堂は、天明5年(1785)に地域一帯を焼いた大火後の再建で、尾張藩の作事により天明6年8月に上棟、同7年5月に供養が行われた。前身本堂に倣った平面は浄土宗寺院本堂に典型的な形式で、内陣と位牌間まわりを明確に画す凸形平面の結界、面取角柱の多用などに古式を示す。装飾など一部は増上寺寛永度本堂を参考とし、銅板巻の妻飾は当時の尾張藩作事方に特徴的な仕様。本山寺院と比肩する破格の規模を持ち、尾張徳川家菩提寺に相応しく、内陣まわりを巧みな彫刻欄間や極彩色で荘厳した壮麗な大型本堂。