本経箱は、福井県小浜市・羽賀寺に伝来したと伝える中国・元代鎗金経箱の遺例である。
わが国に伝世した元代鎗金経箱の作例は、本品を含め現在一〇件ほど(うち八件が重要文化財)が知られ、うち六件には銘文が記される。そのうち福岡・誓願寺蔵の重文・孔雀文沈金経箱と広島・光明坊所蔵の重文・孔雀創金経箱には本経箱と同じく「延祐二年/棟梁禅正/杭州油局/橋金家造」という黒漆銘がある。また、広島・浄土寺所蔵の重文・孔雀創金経箱には「延祐二年/明慶寺前/棟梁禅正/宋家造」の黒漆銘がある。さらに、福井・西福寺蔵の重文・孔雀鎗金経箱と京都・妙蓮寺蔵の重文・沈金箱には「明慶寺前/宋家造」の黒漆銘がある。
本品を含むこれら延祐二年在銘の鎗金経箱四件は、合口造りで蓋に大きく削面を取り塵居を設ける形態、法量、蓋表と長側面に双孔雀と短側面に双鸚鵡を施す文様の構成、彫りの浅い刀刻線による鎗金技法等においてきわめて近似した作風を示し、銘文にあるように同一時期に製作されたものと考えられる。また銘文の内容から、いずれも中国杭州の油局橋周辺や明慶寺門前に所在した金家や宋家と称する漆匠が棟梁禅正の監督下で製作した作品と考えられる。
本経箱は、すでに指定されている一連の経箱とともに、元代鎗金の実態を解明する上で重要な基準作の一例であり、繊細にして巧緻な鎗金技法を駆使した保存状態良好な中国元代漆芸の優品としても価値が高い。