工芸品 その他 / 安土・桃山
堀川国広はもと日向国(ひゅうがのくに)(宮崎県と鹿児島県の一部)伊東(いとう)家の家臣で、天正5年(1577)同家没落後は山伏となって鍛刀したといわれます。慶長4年(1599)以降は京一条堀川に定住して、大隅掾正弘(おおすみのじょうまさひろ)や出羽大掾国路(でわだいじょうくにみち)など多くの門弟を育て、堀川物と呼ばれる特色ある作風を樹立しました。
刀
大隅掾正弘
短刀
堀川国広
脇差