江戸
七五三の本膳形式で、客の一人ごとに一の膳(本膳)から三の膳、五の膳、七の膳までの料理を供する。江戸時代中期の故実家伊勢貞丈(いせさだたけ)(1717~84)によれば、三は式三献、五は五献、七は七膳で七の膳までを出すことであるという。
紙本著色石山寺縁起〈/巻第六・七絵谷文晁補写〉
谷文晁補写
寛平御遺誡
延喜式(九條家本)
紙本著色天台岳中石橋図〈襖貼付六/〉