作品B
さくひんびー
概要
三岸黄太郎は、1930(昭和5)年に、三岸好太郎と節子の長男(第三子)として生まれた。その名前は、好太郎の死後、節子により、夫の好んだ黄色にちなんでつけられた。若い頃より油絵を描き、1953(昭和28)年に銀座兜屋画廊にて第1回個展を開催している。この年、フランスに留学し、翌年には節子もあとを追って渡仏し、ともに1955(昭和30)年に帰国するまで風景画制作を行う。しかし帰国後、黄太郎は日本の風景が墨絵のように見えてしまい、油彩に馴染まないことを実感し、主要な画題は裸婦や静物へと移行していく。表情や腕を省略して、できる限り形態を単純化した裸婦像には、おおらかな詩情が漂う。
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一宮市三岸節子記念美術館文化庁 〒602-8959 京都府京都市上京区下長者町通新町西入藪之内町85番4
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