洞簫「遅鳳」

どうしょう ちほう

概要

洞簫「遅鳳」

どうしょう ちほう

全長33.7cm

千代田区隼町4-1 国立劇場

登録番号887
紀州徳川家伝来雅楽器
解説:日高薫(国立歴史民俗博物館教授)

独立行政法人日本芸術文化振興会

春慶塗外箱の箱書には「洞簫」とあるが、中世末期から近世にかけて用いられた一節切(ひとよぎり)に相当する。一節切は、尺八の一種といえるが、竹製で節が一つだけであることからその呼称があり、中国風に洞簫と呼ばれることもある。伝世する楽器の箱書や附属文書から、紀州徳川家においては、一節切を洞簫と呼んでいたようである。なお、中国にも洞簫と呼ばれる竹製縦笛があるが、こちらは非常に細長い縦笛が一般的で、日本で浸透した普化尺八や一節切とは形状も音色もかなり異なるものである。
本管は、桃山から江戸時代初期に活躍した一節切中興の祖、大森宗勲(おおもりそうくん・1570-1625)作。樺巻(補強・装飾のため樺桜の皮を巻く技法)部分を黒漆塗とし、管の側面、節を挟んで上下に「遅鳳」、下部第一孔と第二孔の脇に「大」「宗勲」の文字を銀蒔絵で表す。中箱蓋表には、江戸時代初期の書家、佐々木志津摩(ささきしづま・1619?-1695)による「尺八一官入 大森宗勲作」の箱書がある。竹筋に沿って金蒔絵を施して破留(やぶれどめ・竹の割れを修理してふさぐこと)とするのは、由緒ある一節切の修理法として一般的なものである。

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